祥雲です。
2025年の仕事で最もチャレンジングだったものの一つが、今回ご紹介する「獅子屋形の修理」です。獅子頭(ししがしら)を内部に納めた、御神輿のような大きさの屋形で、これを担ぎ台に乗せ巡行します。今回修理させて頂いたのは愛知県東海市 高横須賀町 諏訪神社さまで保管されている市指定有形文化財の獅子屋形です。

修理前、保管時のようす
この地方には獅子屋形がいくつも残っており、それぞれの修理方針に従い修理が行われています。これらの多くは「新品のようにする修理」で、今回我々が行った「きれいにしすぎない修理」を選ぶことはむしろ少数派。施工側としても勇気と責任が必要でした。
”古さを残すのは当然”と感じた方もいらっしゃると思いますが、祭礼で使用する物は古くても、たとえ文化財でも新品同様にする修理が選ばれることがありますし、信仰の対象であることからもこれは否定できません(=古い仏像をきれいに塗り直すことがあるのと同じ)。
詳しくは本編の方でご説明させていただきますので、ぜひ読んでいただけたら幸甚です。
■ “獅子屋形”(東海市高横須賀町諏訪神社所蔵)
主たる構造はひのき材で、下部より基台・組物(下)・高欄・四本柱・組物(上)・桁梁・屋根という構造になっています。欄間彫刻「獅子」および木鼻彫刻「獅子」(瀬川治助重定作)を除き、総漆塗りとなっており、四本柱には螺鈿蒔きが施される。錺金具は唐草・雲の意匠が施され、屋根頂上左右には鯱一対(顔は木製の漆箔、胴体・ヒレは銅製金箔押し)が乗る。四本柱は正方形。屋根は切妻造りの千鳥破風となり妻側が正面となっています。

見どころとしては何といっても瀬川の獅子。現代のフィギュア顔負けの精緻な彫刻。ひのき材の良さはもちろん、刃物が常にベストな状態でないとこのような細かい表現は不可能です。獅子の躍動感・表情もそれぞれとても豊かです。大きな彫り物ならばやりやすい表現を、小さな彫刻に落とし込んでいる。瀬川治助の腕の冴えを見られる素晴らしい彫刻です。




■ きれいにしすぎない修理
タイトルからもお分かりの通り、今回の修理は「現状のままを残す」修理です。
“漆塗り直し”でも“金箔リニューアル”でもありません。私たち施工側からすると、これらは大変に勇気の要るチャレンジングな事業です。
なぜなら「新品のように仕上げない」という姿勢は、文化財保存や伝統建造物修理において最も誤解されやすい部分でありながら、最も重要な根本だからです。文化財修理においては、外観を新品同様に整えることが「完成」とは限りません。むしろ、古いものの持つ時間の痕跡を保ち、現状を尊重することこそが「保存修理」の本質と思います。

風合いがすばらしい 丸柱と錺金具
一般的には全体を一括して修理した方が、作業がらくで、仕上がりも見栄えが良いため、所有者のみなさまの理解を得やすくなります。結果として、施工側も予算面での余裕が得られるなど、経済的にも効率的な構造が成り立ち、おのずと施工側もそれを求めるようになります。しかし、保存修理では、損傷部を個別に見極め、取り替えるべき部分と残すべき部分を慎重に判断する必要があります。そのため、かかる手間に反比例するように見た目の変化が少なく、修理の成果が目に見えにくいという性格を持っています。この「変化の乏しさ」は、施工側にとって評価を得にくい要素であり、一般の業者が敬遠する一因にもなっているのが実情です。「あんなにお金をかけたのに全然直っていない」と。

実際には1枚ずつ、洗浄と天然素材による保護処置を行いました
これに加えて近隣に点在する獅子屋形はきれいに修理され、祭礼においても大変に見栄えがするよう修理が行われている例がほとんどです。当該獅子屋形は、東海市指定文化財に登録されている物件であり、我々としては文化財としての修理を選択すべきと考えますが…
- ①信仰の対象として考えればきれいな方がいい
- ②地域の歴史を証明するものとしては、経年の趣をもった存在であって欲しい
どちらの考えも筋が通っていることなのです。
– – –
祥雲としては軸足は必ず②後者に置きつつ、所有者のみなさんにご満足いただけるような姿にもして差し上げたいという気持ちがあります。この事業の最大公約数は何なのか、模索しながら行うことになります。
■ 守るべき2つの原則
つぎに、より具体的なルールとして下記2つの原則を設定し、獅子屋形の価値を守るための修理方針としました。
「不可逆的処置の回避」
一度手を加えると元に戻せなくなるような修理を避けるということ。たとえば、古い木材を全面的に新しいものへ取り替える、歴史的な塗膜をすべて削り落として塗り直すといった方法は、見た目は美しくなるものの、長い年月を経て培われた素材の記録や風合いを失わせてしまう。文化財修理では、「直す」ことよりも「残す」ことに価値があるという考えです。
「可逆性の確保」
将来さらに良い修理方法が見つかった時に、今回の処置を安全に取り外し、やり直すことができるようにしておくという考え方。これにより、次の世代の技術者がより適切な方法で修理を引き継ぐ余地をのこしておくという事。
超長期で使われる・保存されるものであることを考えたら、今回の修理が最後でないことは明白です。何十年か後にふたたび誰かが修理を行うとしたら、元に戻せないような処置は「不適切な修理」と一蹴され、構造・素材の除去から修理がスタートすることになります。これは無駄であり悲しいことです。もし「不適切な修理」が漆塗りの部分だったら、除去に際してどうしてもオリジナル部分を削ったり、いじめたりすることになります。いっときの作業性や利益などのために楽な方法を選択することはとても刹那的です。
■ 修復作業の実際
さて、きれいごとでは済まなくなってくるのがここからです。実際の状況を把握し、部位ごとの状況を調査して手を付けない・付けるを判断し決めることが求められます。特に”手を付けない”という決定がとても重いのです。この判断が間違っていないかどうか、あとからこうしておけば良かったと分かり二度手間になることもありますが、それでもひとつずつ決定をしていく必要があります。
(主な作業工程)
・解体前記録
・錺金具の取り外し
・本体の分解・清掃
・各部材の調査・写真撮影
・各部材の修理
・各部材の修理後記録
・本体の組み立て
・錺金具の取り付け
・完成後の全体像写真撮影
・修理報告書の製作
前半はほとんど解体・清掃が主な作業です。全体を撮った写真はなんとなくきれいに映りますが、近くで見てみると大量のほこりが堆積しています。これらを金箔・漆塗り・彫刻等表面を傷つけないように清掃します。


全てほこりです。でも、ほこりは売っていないので実は貴重品です。
獅子の頭の上、龍の背中など凹凸の複雑なところにも容赦なくほこりが堆積しています。これらを全て清掃します。一括修理でしたら殆ど省ける工程ですが、今回はきわめて重要な工程です。




清掃の後は、構造部分の確認と必要に応じて修理です。多くの部分にゆるみや木の痩せが生じているので当て木をしたり、埋め木を行ったりして接合部が締まり利くようにします。脱落していた斗組や、破れていた屋根の紗の張り替え、獅子彫刻の亡失部分の補作を行いますが、決してオリジナルから逸脱しないよう、注意しながら進めていきます。


■ 修理した物と、そうでないものの共存について考察
これは難しいテーマです。
錺(かざり)金具においては、金箔が完全に無くなってしまったものについては「全面押し直し修理」を選択しました。したがって完成時においては「全面押し直しを行ったもの」と「風合いを残すもの」が併存することになります。これはどう考えるべきなのか、整理をしてみました。
まず、「すべてを同じ状態にそろえる必要性があるかどうか」について考えました。とくに獅子屋形のように、構造材・彫刻・金具が複雑に組み合わさってできている祭礼具では、部分ごとに劣化の度合いも違えば持っている機能も違ってきます。
修理を行った錺金具は、箔がほとんどもしくは完全にすれて地金が出てしまっているもの(=「意匠としての役割」を果たせていないもの)と考える。こうした金具は、ただ古さを残すだけでは逆に“本来そこにあった美しさ”を伝えることがむずかしくなります。補修ではなく、ある程度の”意匠の復元”が必要になる領域であって、この場合の「全面押し直し」は、むやみに新品をめざすものではなく、建立当初の姿を取り戻し・証拠として残すための措置と考えるのが適切だと言えるのではないでしょうか。その最たる例が箱棟上の金の鯱です。

一方で、箔のすり減りが軽度で、古い仕上げの味わいがしっかり残っている金具もありました。これらは、経年変化がむしろ美しさの一部として働いているから、修理によって “古いものが持つ雰囲気” をすっかり消し去ってしまう危険性がある。そのため、これらは状態をととのえるだけに留め、そのまま未来へ引き渡す方針がふさわしいという判断が適当ではないか、という論調です。
つまり
・意匠が失われている部分は積極的に復元する
・風合いが価値になっている部分は丁寧に残す
という、「部位ごとの目的にあわせた処置」を反映したものと言えるのではないでしょうか。
金具を「すべて同じ状態にそろえる」と、歴史の情報や質感が単調になってしまいます。それよりも、状態に応じて処置を変え、“残すべき古さ” と “必要な復元” を共存させるほうが、「大切なもの」との向き合い方として誠実といえるのではないでしょうか。
ただし、これは必ずしも常に正解ではなく、対象物のおかれた状況や背景によって、その都度判断していかなければならないことにも注意が必要、と自らを戒めておきます。


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